【インタビュー】伊東豊雄先生「水戸市民会館」左官の魅力を語る

伊東豊雄, フッコー, 杉山成明, 左官, 水戸市民会館, マヂックコート, 鏡面HR, じゅらくHR,
伊東豊雄先生を中心に、プロジェクトを担当された高垣さん(右)と弊社代表 杉山(左)

茨城県水戸市に昨年オープンした「水戸市民会館」。
伊東先生の理想とする市民が日常的に使える居場所が体現された公共建築であり、力強い大断面集成材による木架構を取り入れた伊東豊雄建築設計事務所の近作です。
「多様な人々の交流と多彩な文化が織りなす、ひと・まちが輝くステージ」
会館の理念をもとに文化あふれる街の拠点として地域の方々の「文化」と「芸術」が交流し、周辺と調和した新しい景観を生み出す施設です。
「水戸市民会館」の内装・外装を纏う左官材の大半にフッコーの製品(左官材)が採用され、弊社のカメラマンによって撮影された「壁」の魅力を伝える写真集を刊行いたしました。その記念として伊東先生と現場を担当された高垣さんに貴重なお時間をいただき、伊東先生にとっての「左官材」の魅力、また今後の建築における「左官材」の役割について、お話を伺いましたのでご紹介いたします。

伊東豊雄, フッコー, 杉山成明, 左官, 水戸市民会館, マヂックコート
大断面唐松集成材のフレームによる空間のスケール感が美しい「やぐら広場」、そのメインの壁面にはマヂックコートINの特注仕様が採用された

ー「水戸市民会館」にご採用いただいたマヂックコートIN(インテリア)、建築のコンセプトとマッチするような「テクスチャー」や「色」を表現するため試行錯誤を繰り返し、この素晴らしい仕上げが可能となりました。素材によって発色(調色)に限界があり、伊東事務所の高垣さんをはじめ担当スタッフの皆さまと竹中工務店の担当者が弊社の山梨工場までいらして当社の研究員とともに実際に目で見て素材を感じ、調色に参加していただきました。皆様と一緒になってこのプロジェクトを成し遂げた達成感が私どもにもあり、会館オープン前には弊社の業務・製造・サンプル・調色・営業スタッフも現場を見学させていただき「水戸市民会館」は弊社にとって特別な建築作品です。
伊東先生にとって「左官材」には、どのような魅力がございますか?

- 伊東先生 -
やはり「左官材」の魅力というのは「目地がない」のが本当に素晴らしいです。私どもは様々な建築に携わるなかでそのような表現を試みたことが今までにもあり、例えば銀座の「MIKIMOTO Ginza2」では鉄板を溶接し、その溶接跡を研磨することで何とか抽象的なフラットな表層をつくりました。「目地がない」のは非常に力強いのです。今回の「水戸市民会館」でも目地がないように仕上げていただいて、力強い雰囲気に仕上がりとても感謝しています。

ー 我々湿式建材のメーカーはパネルなどの乾式建材とは異なり、メーカーと施工者(左官職人)が一体となって初めて良い仕上がりをご提供することが可能です。技術による差も出たりしますが、それは個性であり、また湿式建材の良さでもあります。今回の「水戸市民会館」では、職人さんにとても頑張っていただいて、この仕上げが可能となりました。

ー 高垣さん ー
今回採用されたパターンは丹下健三先生がハナエモリビルで採用した「HM」(ハナエモリの頭文字)です。伊東もその質感をとても気に入り、数ある検討材料のなかから当プロジェクトでの採用へと至りました。このテクスチャーが、やぐら広場をはじめとした多くの空間に必要でした。やぐら広場は大ホールの壁が吹き抜けを介して大きな面で見えてくるうえに自然光も差してくるので、その光の当たり具合で表情が変わり、とても美しい仕上がりとなりました。フッコーさんには「色」の作成では大変なご苦労をしていただきましたが。。。(笑)

伊東豊雄, フッコー, 杉山成明, 左官, 水戸市民会館, マヂックコート
伊東豊雄, フッコー, 杉山成明, 左官, 水戸市民会館, マヂックコート
マヂックコートIN HMパターン。色が異なるだけで印象が大きく変わり、外光によって映し出される表情が美しい。

ー 伊東先生 ー
今回は「木」を多く使っています。構造材も竹中さんの特殊な耐火木集成材を使用しており、「左官」仕上げがよく合っています。これが塗装だと異なった趣になってしまうので、今回は左官仕上げにして本当に良かったと思っています。また外壁においても庇のないデザインなので、本来であれば塗装しかないかなと思ってましたが、フッコーさんの汚れづらい仕上げ(マヂックコートフレックス)はメンテナンス性も良いということから、巨大な「面」を「左官」で仕上げられて素晴らしかった。内部から壁が立ち上がりそのまま外部へとつながるイメージだったので「左官」の仕上げを貫きたかったのです。

ー 高垣さん ー
大ホール、中ホールの2つの大きなボリュームがしっかりと一体に見えるように、室内の不燃仕様と屋外の弾性仕様の色とテクスチャーを合わせていただいたことで、木組みに包まれたホールという大きな構成がより強調されました。

伊東豊雄, フッコー, 杉山成明, 左官, 水戸市民会館, マヂックコート
伊東豊雄, フッコー, 杉山成明, 左官, 水戸市民会館, マヂックコート
屋外へ立ち上がった壁面にはマヂックコートフレックス(弾性)HM仕上げ特注色(赤色)、鏡面HR特注色(黒)が採用された。

ー伊東先生はここには「左官」を使おうと思われる時がありますね?「まつもと市民芸術館」ではライムコート(現:ミネラルコート)を、ヤオコー本社ビルでも当社の仕上げ材をご採用いただきました。どのようなときに「左官」を使いたいと思われるのですか?

ー 伊東先生 ー
やはり自然素材に近いのです。塗装だとそっけなく感じてしまう。「左官」は、その味わいや手の感触が感じられるので親近感がある。また私は塗装となると近代主義の建築を思い出してしまう。そういう時代から、建築はいま変わろうとしていて、これからは日本の伝統的建築をどうやって回復していくのかという時代に移りかわってきていると思っています。そして「文化」、「伝統」である「左官」の仕事を残していきたいんです。それは「大工」さんも同じです。いま日本の「文化」、「伝統」でもある「左官」「大工」の仕事が減っているのはとても残念なことです。

ーいま左官職人をはじめ職人が減少しています。これは日本建築の「文化」、「伝統」を守るうえでとても深刻な問題です。弊社は建築家の皆さまと多くの仕事をさせていただくなかで「塗り手」が居ないことには良い仕上げ、「左官」を使った建築を残していくこと自体難しくなっていきます。弊社としても左官職人が活躍できる「場」をいかに残していくかを製品開発に活かすよう考えております。

ー 伊東先生 ー
日本の場合、現場で我々設計者のわがままを何とか職人さんが仕上げてくれる、そういう心意気は日本の職人魂にしかなく、アメリカやヨーロッパ、またアジアの国々では考えられません。なので海外の仕事では設計段階であきらめなくてはならないことが沢山あります。どんなに複雑なことでも、彼ら日本の職人は考え、試行錯誤し、そして完璧に仕上げてしまう。それは日本の職人さんにしかできないことであって、私は日本の建築家が世界で評価される、その半分は日本の職人さんのおかげだと思っています。

ー 高垣さん ー
「水戸市民会館」でも一度に塗れる範囲が限られてくるものの、それでも塗継ぎ目地が目立たないように一気に仕上げるよう要望しました。塗継ぎの収め方やパターンのご指導など、フッコーさんの技術のかたと担当の内海さんに現場に来ていただきレクチャーしていただきました。現場の職人さんたちに頑張っていただいた結果、とてもきれいに仕上がりました。

ギャラリーラウンジやエレベーターホールには鏡面HR(特注黒)、和室にはじゅらくHRスサ入りが採用された。
ともに意匠性はもちろんのことメンテナンス性に優れた製品(洗えるじゅらく壁)であることも特長のひとつ。

ー日本の職人がいかにプライドをもって仕事をされているのかがよくわかります。我々メーカーはどこまで建築家の皆さまの要求を再現できるか常に追求し、「水戸市民会館」でもここまでの大面積の左官仕上げを実現したのはメーカーだけでなく職人の技であり、また伊東事務所の皆さまが「左官」の良さを伝えたいという気持ちがあって実現できた仕事と感じております。
弊社では左官仕上げのほかにも特殊塗装などもありますが、伊東先生はじめ伊東事務所の皆さまは当社にどのような魅力を感じますか?

ー 伊東先生 ー
フッコーさんの魅力はやはりどのような微妙な「色」でも再現してくれるということと、また仕上がりのクオリティはテクスチャー含めとても高いと感じています。フッコーさんは元々着物の染色業だったと伺いましたが、それが活きていると思います。ただお値段も高いとは聞きますが(笑)、やはりフッコーさんだなと感じるところが多くあります。

ー 高垣さん ー
質感によって魅せる「壁」、それは汎用的な塗装よりもコストは嵩みますが、タイルや石より安価で仕上げられるため、そのような魅せる「壁」はフッコーさんの「左官」なのかなと我々は思っています。採用検討の際に、多くのサンプルを並べ打ち合わせをしますが、最終的に伊東が手にするのは決まってフッコーさんのサンプルだったりしますので、なにかとても魅力を感じます。

マヂックコートIN、鏡面HR、じゅらくHR、同写真集の巻末にはそれぞれのテクスチャーが分かるショットが掲載されている

ー最後となりますが伊東先生から弊社、および我々の左官業界に期待されることを伺えますか?

ー 伊東先生 ー
将来はいまほど多くの建物が建たなくなりますので、そのようなときは必ずクオリティが高いものが好まれます。友人でもある音楽家の浦久さんの素晴らしい言葉があります。「文明は土から離れること、文化は土に向かうこと」。文化はその地域で長年培われてきたものであり、文明は技術の進歩とともに築かれるもの。「文化」と「文明」は相反するんです。日本の「文化」をもっと大切にしないと先行きがないと私は思っています。明治維新以降、文明のことばかりで江戸まで何百年、何千年と育ててきた「文化」を忘れてしまい、文明へと走ったことはとても問題であったと思います。「文化」を大切に、また伝統的な建築の良さをいまこそ見直す時であり、フッコーさんがやられている「左官」は日本の「文化」を守るうえでとても大切なことだと感じています。
良い建築を残していくためにも、また「文化」をまもるためにも、フッコーさんはじめ「左官」に携わる皆様には今後も頑張ってほしいと思っています。そうしないと我々も良い建築ができなくなってしまいますから。

ー本日は大変貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。日本の建築に欠かせない「文化」そして「伝統」を守るべく、これからも頑張って参ります。自然あふれる山梨にも皆様で遊びにいらしてください

ー プロフィール ー
伊東 豊雄 (いとう・とよお)
AIA名誉会員、RIBA名誉会員、くまもとアートポリス・コミッショナー

ー 水戸市民会館で採用された製品一覧 ー
〇内壁
①マヂックコートIN(インテリア)特注仕様HM/特注色、マーブルストーン洗い出し/特注色
https://www.fukko-japan.com/products/magic-coat-in.html
②鏡面HR 特注色
https://www.fukko-japan.com/products/kyoumen-hr.html
③じゅらくHRスサ入り 標準色701
https://www.fukko-japan.com/products/jurakuhr.html
〇外壁
マヂックコートフレックス(弾性)HM仕上げ/特注色
https://www.fukko-japan.com/products/magic-coat-flex.html

ー 撮影 ー
公文健太郎(KENTARO KUMON)
https://www.k-kumon.net/
2024年日本写真協会賞作家賞受賞

ー 編集後記 ー
約1時間にわたるインタビューでは、掲載されていない建築をはじめ伊東先生が育った故郷「諏訪」で感じた自然のお話などたくさんの貴重なお話をいただきました。また当写真集を作成するにあたって、伊東豊雄建築設計事務所の高垣さんはじめスタッフの皆さま、またロゴの使用許可を頂いた水戸市の新市民会館整備課の皆さまに心より御礼申し上げます。建築写真集ではなかなかない「左官」「壁」に特化した全36ページにわたる当写真集は、「水戸市民会館」のラウンジギャラリーにも展示されております。「水戸市民会館」を訪れた際には、ぜひ手に取ってご覧ください。
また数に限りはございますが、配布用にご用意がございます。
ご覧になりたい方は弊社までご連絡ください。
問合せ先:kofu@fukko-japan.com

伊東豊雄先生と弊社代表 杉山、営業担当課長 内海
全36ページにわたる左官の魅力が感じられる当写真集。撮影は2024年日本写真協会賞作家賞を受賞した公文健太郎氏が担当した。

この記事を書いた人
株式会社フッコー 代表取締役社長 一級建築士
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